法律相談では、
「どうすべきか」をすぐに決められないまま、
時間が経っているケースに出会うことがあります。
それは、
迷っているというよりも、
判断をいったん保留した状態が
続いているように見えることもあります。
焦っているわけでもなく、
選択肢が二つに絞られているわけでもない。
ただ、
「まだ決めていない」
「もう少し考えたい」
という言葉のまま、
相談の入り口に立っている。
この記事では、
判断を先送りにしているときに、
その内側で何が起きているのかを、
相談の現場で見てきた様子をもとに、
整理してみます。
判断を先送りにしているように見える相談
相談の冒頭で、
「まだ決めきれていなくて」
「今は様子を見ている段階です」
といった言葉が置かれることがあります。
「急ぎではないと思っています」
「今すぐ何かする必要はない気がして」
そうした言い回しが続くこともあります。
メールでの問い合わせでは、
「現時点では判断できず」
「検討中ではあるのですが」
「一度持ち帰って考えたいと思います」
といった表現が並ぶこともあります。
話を聞いていくと、
何も考えていないわけではなく、
むしろ、
同じことを繰り返し考えている様子が
伝わってくることもあります。
ただ、
何を決めるかよりも先に、
「まだ決めない」
という状態そのものが、
前提として置かれているように
感じられる場面もあります。
この段階では、
判断が止まっているのか、
あるいは、
別の形で進んでいるのかは、
まだはっきりしません。
先送りの中で、動いているもの
判断を先送りにしている状態は、
何も決まっていない状態とは少し違います。
相談の場で話を聞いていると、
「まだ決めていません」
「今は様子を見ています」
といった言葉の裏で、
すでにいくつかの前提が固まりつつあることがあります。
たとえば、
「最悪の場合は、もう仕方ないかなと思っています」
「たぶん、こうなる気はしていて」
といった言い回しが、
さりげなく挟まれることがあります。
表向きは保留の状態でも、
内側では、
どの選択肢なら受け入れられるか、
どこまでは覚悟できるかといった整理が、
静かに進んでいることがあります。
この段階では、
選択肢を広げようとしているというよりも、
現実を受け止める準備が進んでいる、
という方が近い場合もあります。
また、
「もう少し情報を集めてから」
「もう少し状況を見てから」
という言葉が繰り返される一方で、
集めたい情報や、
変わるのを待っている状況が、
はっきり言葉にされていないこともあります。
何を待っているのかが曖昧なままでも、
時間だけは確実に進んでいきます。
その中で、
選択肢そのものが増えるというより、
「このくらいなら受け入れられる」
という線が、少しずつ引かれていくことがあります。
決めていないつもりでも、
決めない状態が続くことで、
考え方の枠組みは、
静かに形を取り始めます。
それは、
誰かに強制されたものではなく、
自分の中で納得しようとする過程として
進んでいることも多く、
本人にとっては、
判断が動いているという自覚がないまま、
前提だけが固まっていくことがあります。
「決めない」という判断が生むもの
判断を先送りにした状態がしばらく続いたあとで、
相談の場に現れる言葉には、
一定の傾向があります。
「結果的に、こうなってしまって」
「気づいたら、時間が経っていました」
そうした言い回しが、
静かに出てくることがあります。
そこでは、
自分が何かを選んだという感覚よりも、
状況に流されてここまで来た、
という感覚が前に出てきます。
「決めなかっただけなんですが」
「何もしないつもりだったわけではなくて」
と補足されることもあります。
ただ、話を聞いていくと、
判断を先送りにしていた間に、
前提となる状況や選べる範囲が、
少しずつ変わっていたことが分かる場面もあります。
その変化は、
急に起きたものではなく、
日々の積み重ねの中で進んでいたものです。
ただ、振り返るまでは、
そのことがはっきり意識されていないこともあります。
「もう少し早く相談していれば」
「その時は、まだ大丈夫だと思っていました」
そうした言葉が後から出てくることもありますが、
それは必ずしも後悔というより、
当時の状態と、今の状態との差に気づいた結果のようにも聞こえます。
判断をしなかったこと自体が、
強く意識されることは少なくても、
時間が経ったあとで振り返ると、
その期間が一つの判断として作用していたことに、
初めて気づくことがあります。
決めなかったから何も起きなかった、
というわけではなく、
決めない状態のまま時間が過ぎたことで、
別の形で状況が固まっていた。
そう整理した方が近い場面もあります。
先送りが続いた結果
判断を先送りにした状態が続いたあとで、
相談の場に現れるのは、
「状況が変わってしまった」という事実です。
「その時点では、もう選べる余地がなくて」
「動こうと思ったときには、状況が違っていました」
そうした言葉が出てくることがあります。
それは、
何か大きな出来事が突然起きたというよりも、
少しずつ積み重なった変化が、
ある時点で目に見える形になった、
という印象に近いことが多いです。
たとえば、
当初は複数考えられていた対応が、
時間の経過とともに現実的でなくなり、
気づいたときには、
選択肢が一つか、ほとんど残っていない状態になっている。
そうした経過をたどることもあります。
「もっと早い段階なら、
別の対応も考えられたかもしれません」
という話になることもありますが、
それは結果を知った今だから言えることであって、
当時の判断が軽率だった、という意味ではありません。
ただ、
先送りの間に変わっていたのは、
気持ちや考え方だけではなく、
状況そのものだった、という点は、
後から振り返ると見えてくることがあります。
判断を保留していたつもりでも、
時間は止まらず、
周囲の条件や関係性は動いていきます。
その中で、
選べる範囲が静かに狭まっていたことに、
後になって気づく場面もあります。
先送りの結果として起きているのは、
「決めなかったから何も起きなかった」
という状態ではなく、
決めないまま進んだ時間の分だけ、
状況が一つの形に固まっていた、
ということなのかもしれません。
それでも、人は先送りを選ぶ
それでも人は、
判断を先送りにしてしまうことがあります。
それは、
状況を軽く見ているからでも、
真剣に考えていないからでもありません。
むしろ、
間違えたくないという気持ちや、
後悔したくないという思いが強いほど、
簡単には決められなくなることがあります。
「決めることで、
何かを失ってしまう気がする」
「判断した結果を、
自分で引き受けきれるか分からない」
そうした感覚が、
言葉にならないまま残っていることもあります。
また、
判断そのものが重く感じられるとき、
考え続けることが負担になっていることもあります。
「もう少し考えてから」
「今はまだ、その時じゃない気がして」
そうした言葉は、
状況を整理しようとする中で、
自然に出てくるものでもあります。
先送りは、
逃げや無関心というよりも、
判断に向き合おうとした結果として
選ばれていることも少なくありません。
「答えを急がない」という姿勢との違い
ちなみに、
このホームページの冒頭に掲げている
「答えを急がない、という選択」は、
ここで扱ってきた
判断を先送りにする状態とは、
同じものではありません。
答えを急がないという姿勢は、
いろいろな情報や状況を整理しながら、
今すぐに結論を出す必要のないことについて、
あえて判断を保留する、
意識的な立ち止まりを指しています。
一方で、
ここまで見てきた「判断の先送り」は、
何を保留しているのかが
はっきりしないまま、
時間だけが進んでいる状態です。
どちらも、
すぐに結論を出さないという点では
似ているように見えるかもしれません。
ただ、
自分が何を保留しているのかを
自覚しているかどうかという点で、
性質は大きく異なります。
今、
自分は何を決めていないのか。
何が分からないままなのか。
何が変わるのを待っているのか。
その問いに、
すぐ答えが出る必要はありません。
ただ、
問いとして言葉にしてみることで、
考えている枠組みが、
少し見えやすくなることがあります。
判断を急がず、
決められない状態そのものを、
一つの状態として捉える。
そうした捉え方が、
次に何を考えるかを決める前提として、
静かに作用していることもあります。