発信者情報開示。

インターネットの問題を調べていると、
この言葉にたどり着くことがあります。

「書いた人を特定できる」

「匿名でも、責任を問える」

そんな説明を目にして、

やるべきなのかもしれない、
と思う人も少なくありません。

けれど、

発信者情報開示は、

単に「相手を知るための手続」
ではありません。

時間もかかります。

費用もかかります。

そして、

思っているよりも、
エネルギーを使います。

だからこそ、

「できるかどうか」よりも先に、

「本当にやるべきか」

を考えることが、
とても大切になります。

この回では、

発信者情報開示とは何か。

どんな流れで進み、

どのくらいの費用と期間がかかるのか。

そして、

それでもなお、

自分はこの手続を選ぶのかどうか。

その判断の軸まで、
一つずつ整理していきます。

発信者情報開示の全体像

発信者情報開示の大まかな流れは、
次のようになります。

【① 投稿の保存】

【② サイト運営者への開示命令・仮処分申立て】

【③ (発令されても開示されない場合)間接強制】

【④ IPアドレスの開示】

【⑤ 接続プロバイダへの開示命令申立て】

【⑥ 氏名・住所の開示】

【⑦ 損害賠償請求や和解交渉】

発信者情報開示とは、誰が書いたのかを明らかにする手続

発信者情報開示とは、

インターネット上の投稿について、

「誰が書いたのか」

を特定するための法的な手続です。

匿名で書かれた投稿であっても、

完全に追えないわけではありません。

投稿の背後には、

通信の記録があります。

どの回線から、

どの日時に、

どのサービスを通じて投稿されたのか。

その記録をたどることで、

契約者情報にたどり着く可能性があります。

発信者情報開示は、

大きく分けると、
二段階の手続です。

まず、
投稿が掲載されているサイトやSNSに対して、

「その投稿が、
どのIPアドレスから行われたのか」

という情報の開示を求めます。

ここで得られるのは、

投稿者の名前そのものではなく、

通信の痕跡です。

次に、
そのIPアドレスを手がかりに、

インターネット接続事業者(プロバイダ)に対して、

契約者情報の開示を求めます。

ここで初めて、

氏名や住所といった、

投稿者の特定につながる情報が問題になります。

つまり、

① 投稿サイトからIPアドレスを取得する
② プロバイダから契約者情報を取得する

この二段階を経て、

発信者の特定に至ります。

保存期間という時間の制約

ここで重要になるのが、

通信ログの保存期間です。

プロバイダは、

通信記録を永遠に保存しているわけではありません。

一般的には、
数か月程度で削除されることが多いとされています。

そのため、

時間が経過すると、

手続をしても、

「情報が残っていない」

という結果になる可能性があります。

発信者情報開示は、

時間との関係を無視できない手続です。

発信者情報開示命令制度の位置づけ

現在は、
発信者情報開示命令という制度が整備され、

以前よりも、

手続の整理は進みました。

一つの手続の中で、
段階的に開示を求めることができる仕組みです。

制度としては、
確かに使いやすくなっています。

けれど、

制度が整ったからといって、

必ず早く、
必ず確実に開示される、

というわけではありません。

任意に開示されない場合と間接強制

裁判所が開示命令を出しても、

事業者が任意に開示しない場合があります。

その場合、

間接強制という手続を通じて、

開示を促すことになります。

これは、

開示しない場合には一定額の支払いを命じることで、

事実上、
開示を促す制度です。

しかし、

ここでも時間はかかります。

保存期間との関係で、

手続の選択が結果を左右することもあります。

仮処分を並行して行うこともある

実務では、

開示命令だけに依拠せず、

従来の仮処分手続を並行して申し立てるケースもあります。

特に、

保存期間が短い可能性がある場合や、

任意開示に応じない運用が予想される事業者の場合には、

時間との関係を見ながら、

どの手続を、
どの順番で、
あるいは並行して進めるかを判断します。

発信者情報開示は、

単純な一本道の制度ではなく、

時間と構造を見ながら設計する手続です。

なお、
発信者情報開示と並んで検討されることが多いのが、
投稿の削除請求です。

削除と開示は、
目的も構造も異なります。

「まず投稿を消すのか」
「それとも投稿者を特定するのか」
によって、
取るべき戦略は変わります。

削除請求の具体的な流れや、
費用・期間の現実については、
こちらで整理しています。


誹謗中傷の削除請求の流れ|費用・期間・成功の現実

どれくらい時間がかかるのか

発信者情報開示は、
思い立ったその日に結論が出る手続ではありません。

依頼してから、
すべてがスムーズに進んだ場合でも、
通常は4か月程度は見込むことが多い手続です。

投稿サイトに対する開示命令の申立て、
IPアドレスの特定、
プロバイダへの契約者情報開示請求。

段階を踏む構造上、
一定の時間がかかります。

さらに、
接続事業者が一つではなく、
上位・下位のプロバイダが関与している場合には、

照会や特定の手続が増え、
その分時間も延びます。

また、
開示命令の決定が出ても、
任意に開示されない場合には、
間接強制の申立てが必要になることもあります。

その場合、
半年程度、
あるいはそれ以上かかることも珍しくありません。

事業者ごとの対応方針によっても、
期間は大きく左右されます。

ここで考えておきたいのは、
「何か月かかるか」だけではありません。

その時間を、
自分は引き受けられるか。

特定されるまでの数か月間、
気持ちを保ち続けることができるか。

この現実も、
判断材料の一つになります。

費用はどのくらいかかるのか

費用についても、
数万円や十万円程度で済む手続とは言いにくいのが実情です。

投稿サイトとプロバイダ、
二段階での手続が基本になります。

事業者が複数ある場合や、
仮処分を並行して行う場合には、
その分費用は増える場合があります。

事案の内容や対象の数にもよりますが、
一般的には数十万円単位、

内容によっては
60万円以上を要するケースもあります。

さらに、
間接強制や追加申立てが必要になれば、
その分の負担も加わります。

また、
インターネット問題について
法テラス利用での受任に積極的な弁護士は、
必ずしも多いとは言えません。

制度上は利用可能でも、
実務上の対応や負担の問題から、
受任体制が限られているのが現実です。

ここで大切なのは、
高いか安いかという話ではありません。

時間と費用をかけて、
自分は何を得ようとしているのか。

相手の特定か。
責任追及か。
あるいは、
区切りか。

その目的と、
現実の負担が見合っているのか。

それを冷静に見ておくことが必要です。

それでも、やるべきかという判断軸

発信者情報開示は、
使える制度です。

けれど、
使えることと、
使うべきことは同じではありません。

特定することで、
自分はどうなりたいのか。

それを抜きにして、
制度の可否だけで決めると、
途中で迷いが生まれることがあります。

相手を知ることで安心できるのか。

責任を求めることで区切りがつくのか。

それとも、
数か月と数十万円をかけるより、
別の整理の仕方の方が、
自分にとって穏やかなのか。

発信者情報開示は、
相手を罰する制度ではありません。

誰が書いたのかを明らかにする手続です。

その先に、
損害賠償や示談が続くこともあります。

あるいは、
特定したことで、
それ以上進まないという選択もあります。

時間と費用を、
自分の生活の中に置いたとき、

それは、
いま選ぶべき道なのか。

この問いが、
最終的な判断軸になります。

費用は回収できるのか

もう一つ、
現実として知っておいてほしいことがあります。

発信者情報開示にかかった費用が、
そのまま投稿者から全額回収できるとは限らない、
という点です。

特定後に損害賠償請求を行い、
裁判で認められた場合でも、

開示費用の全額が当然に認められるわけではありません。

一部のみが相当因果関係のある損害として認められることもあれば、
そもそも回収が困難なこともあります。

相手に支払能力がない場合、
判決を得ても実際に回収できないこともあります。

さらに言えば、
慰謝料の相場自体も、
数十万円から高くても百万円前後にとどまるケースが多く、

開示にかかった費用、
その後の訴訟費用、
時間的負担を総合すると、
経済的にはマイナスになることも少なくありません。

つまり、
発信者情報開示は、
金銭的にプラスになることを期待できるものではないというのが実情です。

経済合理性だけで見れば、
必ずしも有利とは言えない選択になることもあります。

発信者情報開示を検討する前のチェックリスト

感情が動いているときほど、
一度立ち止まって確認したい項目があります。

次の項目に、
いくつ当てはまるでしょうか。

  • 投稿は現在も閲覧可能である、または、投稿を証拠として保存できる
  • 投稿日時を把握できる(ログ保存期間を過ぎていない可能性が高い)
  • 実名や特定可能な情報が書かれている
  • 仕事や人間関係に具体的な影響が出ている、または出る可能性が高い
  • 削除だけでは気持ちが整理できない
  • 費用と時間がかかることを理解している
  • 費用が回収できない可能性も受け入れられる
  • 半年以上かかる可能性があっても進めたいと思っている

多く当てはまるほど、
開示を検討する意味は大きくなります。

本当にやるべきか──発信者情報開示の判断軸

発信者情報開示は、制度として利用できるかどうかで判断するものではありません。
大切なのは、「できるか」ではなく「やる意味があるか」です。

時間は数か月から半年以上。
費用は数十万円単位。
そして、回収できるとは限らない。

それでも進むのか。
ここが、本当の分岐点です。

① いま現実の被害が続いているか

仕事に影響が出ている。
取引が止まっている。
検索結果に残り続け、具体的な不利益が生じている。

こうした現実の被害が継続している場合、
発信者を特定することには実質的な意味があります。

一方で、投稿は存在するものの、
実害は限定的で、時間とともに埋もれていく可能性が高いケースもあります。

その場合、法的手続が本当に合理的かは冷静に考える必要があります。

② 特定することが本当に解決につながるか

発信者情報開示の目的は「特定」です。
しかし、特定できたこと自体が解決とは限りません。

相手が無資力であれば、損害賠償の回収は困難です。
形式的な謝罪だけで、気持ちが整理できるとも限りません。

特定した後に何を求めるのか。
賠償か。
責任の明確化か。
再発防止か。

出口が見えていないまま進むと、途中で迷いが生じます。

③ 経済的合理性と心理的合理性

費用対効果だけで見れば、マイナスになることが多い手続です。

それでも発信者情報開示をする人がいるのは、
お金の問題だけではないからです。

責任を明確にすること。

何もなかったことにしないこと。

自分の中で区切りをつけること。

その価値をどう考えるか。

費用対効果という視点を、
あえて一度は冷静に置いてみる。

そのうえで、
なお進めたいと思えるかどうか。

そこが、
本当の判断軸になります。

経済的合理性を取るのか。
心理的合理性を取るのか。

どちらを重視しているのかを、自分で理解しておくことが大切です。

④ いま動く必要があるのか

投稿トラブルは、時間が味方になることもあります。
拡散が止まり、検索順位が下がり、話題性が薄れていくこともあります。

逆に、放置すれば拡大するケースもあります。

いま現実に何が起きているのか。
これから何が起きそうなのか。

制度が使えるかどうかではなく、
いまの自分にとって意味があるかどうかで判断する。

それが、発信者情報開示を選ぶときの本質的な基準です。

よくある疑問と、実務で感じる現実

Q1:匿名でも本当に特定できますか?

完全匿名であっても、理論上は特定可能です。

ただし、投稿そのものや投稿データの証拠が準備できること、
ログ保存期間を過ぎていないこと、
通信記録が適切に管理されていることなど、
いくつもの条件が揃う必要があります。

時間が経過している場合や、
海外サービスの場合、
ログが保存されていないケースもあります。

「匿名だから無理」ではありませんが、
「必ず特定できる」わけでもありません。

Q2:開示命令だけで足りますか?

制度上は、発信者情報開示命令で足りる場面もあります。

しかし実務では、
開示命令が出ても任意に開示されず間接強制が必要になることもあるので、
サイトによっては、
仮処分を並行して申し立てたほうが
結果的に早いこともあります。

制度が一本化されたとはいえ、
実務は必ずしも単純ではありません。

また、契約者や投稿者が分かった段階で、
その相手に対する損害賠償などの交渉、訴訟をするのは、
別の手続き扱いとなることが多いです。

そのため、匿名投稿の被害を受けて投稿者に損害賠償をしたいという場合、
開示命令だけで済むということにはなりません。

Q3:費用は相手から回収できますか?

理論上は可能です。

しかし実際には、
損害として認められる額は実際にかかった費用の一部になったり、
相手に資力がない場合もあったりして、
実際に回収できるケースは多くありません。

経済的な回収を目的にするのであれば、
慎重な検討が必要です。

具体例で見る「手続きをした方がいい場合」と「手続きに慎重になった方がいい場合」

ケース① 仕事に現実の影響が出ている

実名投稿が拡散し、
取引先から問い合わせが入り、
契約更新に影響が出始めている。

このように、
具体的な損害が現実化している場合、
特定して法的責任を明確にする意味は大きいと言えます。

ケース② 投稿はあるが、拡散はしていない

検索すると出てくるが、
拡散は限定的で、
具体的な被害はまだ発生していない。

この場合、
費用と時間をかけて特定することが
本当に合理的かは慎重に考える余地があります。

ケース③ 相手に「何もなかったこと」にされたくない

削除されても、
気持ちが整理できない。

責任が明確にならないこと自体が
一番の引っかかりになっている。

この場合、
経済合理性よりも、
心理的な区切りを重視する判断になることがあります。

発信者情報開示は、
制度として使えるかどうかではなく、

自分の状況にとって意味があるかどうかで選ぶものです。

なお、
発信者情報開示ではなく、
まず投稿の削除を優先するという選択もあります。

削除請求の流れや、
費用・期間の現実については、
こちらで整理しています。


誹謗中傷の削除請求の流れ|費用・期間・成功の現実

ただ、制度を選ぶ前に、
目的を整理することが、
いちばん大切です。

どの段階から整理しますか

インターネット問題は、
必ずしも手続から始まるわけではありません。

いまの自分の状況に合わせて、
整理する段階を選ぶことができます。